シルクロード植林ボランティアへの参加から
〜中国内陸部の環境問題への取り組み〜
梅村 松秀
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中国の植林ボランティア参加を通して、環境問題を考える
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<レポート 1>
2006年11月5日から14日にかけて、NPO法人2050によるシルクロード植林ツアーに参加をしてきました。NPO法人2050を主宰される北谷さんは元国連上級職員、人口、貧困、女性をテーマとした国際的取り組みをしているNGOで、90年代初めERICグローバルセミナーにパネリストとしておいでいただいたことを契機に私も会員になりました。昨年はラオスにおける地雷処理活動にあたる国際NGOへの聞き取りなどユニークなスタディー・ツアーを実施されていることで知られます。 |
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甘粛省の位置 出典『中学地理学習地図』(湖南地図出版社2002)
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中国降水量分布 出典『中学地理学習地図』(湖南地図出版社2002)
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植林会場
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<レポート 2>
ここ数年NPO法人「2050」が主催するシルクロード植林活動に参加してきました。 |
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(写真1) スモッグにかすむ蘭州市街地
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(写真2) 植林地の様子
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<レポート 3>
NPO法人2050によるシルクロード植林ボランティアを重ねる中で、中国内陸部の陝西省、甘粛省における環境問題に関連したトピックをお届けします。報告は当初、陝西省、甘粛省蘭州における植林ボランティア報告で一段落するつもりでしたが、新たな植林地、蘭州を訪ねるたびに市街地のスモッグに辟易(例えばグーグルで衛星写真をご覧ください)、この地の環境問題にかんする報道をひもとくにつれ、いわれるところの成長に伴う影の部分への懸念が増すばかりです。 |
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黄河に流れ込む汚水、手前の水の色に注目(水車公園敷地内)
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蘭州の北、白銀市における工場施設の例
黄砂にかすむ高速道路(定西市への途上)
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<レポート 4>
陝西省、甘粛省における植林ボランティアについて問いを受けることがあります。 |
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植樹祭にあわせて西安での植林ボランティアに参加する人々
植樹景観
蘭州郊外、植林あとの山地斜面
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<レポート 5> 2007年6月14日から、中国内 蒙古自治区における「FoE」主催 の15次緑化隊に参加してきました。行程は、内蒙古自治区通遼市域クリンキ鎮及びカンチカ鎮における3日 間の植林活動、そして遼寧省、瀋陽にもどり市内見学、環境省との交流活動という概要。 私はその後、瀋陽に残り、瀋陽の町並み、9/18事変(柳条湖事件)記念 館、撫順(フーシュン)の露天掘り炭鉱など、以前から気になっていたところを見て回ることができました。これまでの中国内陸部、甘粛省・陝西省における植林活動との対比のもと、内蒙古自治区、遼寧省周辺の砂漠化に関連しての話題を提示したいと思います。内容としては、大きく現地の概要と砂漠化への取り組みということになりますが、関連して遼寧省を中心とする経済活動と派生しての環境問題にも触れてみたいと思います。 今回は、現地砂漠化の概要を理解する上での遼寧省瀋陽から現地宿舎への道筋の景観を描写してみます。 1. 瀋陽桃仙飛行場から内蒙古自治区東部のウルスンまでの道すがら 成田を1時間遅れで飛び立った中国南方航空628便が都心から30kmにあるという瀋陽桃仙空港に着いたのが夕方5時過ぎ、これまでの植林活動に常に関わってきたという通訳ジリムトさんに迎えられて、バスで約240kmあるという烏雲農場にむけて出発したのが17:30、以下、植林地の宿舎への道筋での車窓景観か ら砂漠への道を描写して見ます。 バスは進行方向の右側に瀋陽市街を遠望しながら、市街地の外側、環状高速道 路から市の西側にある工業地区の市内にいったん入った後、再び片側3車線はある道を内蒙古自治区のある西に向かいます。道の両側は地図に東北平原と記されるように見晴るかす畑地で稜線は目に入りません。作物はおそらく、とうもろこし、豆類、そして水田ところどころに見かけます。しばらくするうちにT字型の構造物が畑地の間にいくつか見えることに気づきました。よく注意してみると油井ポンプです。石油が出るとは知りませんでした。坦々たる道を1時間あまり、少しのぼり気味と感じたのは渤海湾に注ぐリャオ河を越える辺りでした。堤防の内側は、利根川など日本の川とは比較にならないほどの広大な河川敷がひろがり、かつ農地に利用されています。19:20頃、それまでの道幅が片側2車線になり両側のポプラ並木がまじかに見えるようになる頃、地平線 に陽が沈みました。空港をでてから2時間、まだ地平線が続きます。 19:45、ようやくゆるやかな起伏の稜線が目に入りました。日が沈んでも薄明かりの状態が続く中、丘陵地帯にはいりました、地図上では内蒙古自治区東部を南北に連なる大シンアンリン山脈の山ろく地帯に位置するあたりで、いよいよ内蒙古自治区に近づきました。道の状態が次第に悪くなり、内蒙古自治区との境界を なす小さな谷あいに入るころ、まったく舗装がなくなっていました。境界をなす谷あいの川筋は夜目にも水が流れていないことがわかります。内蒙古自治区に入ってまもなく小さな町に入り、遅い夕食をとるため食堂によりました。バスから降り、上を見ると満天の星。ほぼ天上に北斗七星、衛星らしき光の筋がすーっと見えました。携帯したGPSで人工衛星をさがすと、東京では5つの衛星を捉えるのにも苦労するのに、あっという間に9つもの衛星をとらえてしまいます。 食事後、さらなる悪路を2時間あまり、全身たっぷりと味わいながらウルスンの町にある烏雲農場の砂漠宿舎についたのが午前0時にならんとする頃。瀋 陽空港から240km、ほぼ5時間かけて、植林地にたどりつきました。出迎えてくれた沙漠植林ボランティア協会の会長菊地さん、そして「FoE」の成田さんの歓迎の挨拶。夜も遅いことから、とりあえず洗面、トイレの場所や使い方についての指示を受けて、寝床につくことになります。
日本からの所要時間よりも長いバスの旅の一日が終わりました。懐中電灯片手に、簡単な草囲いしただけの野外トイ 2. 内蒙古自治区と遼寧省瀋陽について 今回の植林地とその経路に当たる蒙古自治区と瀋陽について簡単に紹介しておきます。
内蒙古自治区は中国の行政区分(直轄市、省、自治区、特別行政区)において、三番目に広い110万平方キロ(日本の3 遼寧省の都市としては大連のほうが知られているかもしれませんが、ある年代の人たちにとって瀋陽は奉天というかつての地名のほうが馴染み深いかもしれません。1928年の張作霖爆殺事件、そして1931年9月18日の柳条湖事件といずれも満鉄に対する関東軍による自作自演といわれる事件をきっかけとして日中戦争にはいっていく舞台となった都市です。しばらく前の高校地理教科書には、中国の重工業地帯としてフーシュン炭田、アンシャン鉄山などが取り上げられていましたが、現在も瀋陽には関連しての自動車産業をふくむ 機械工業など工業地区が大きな役割を占めます。 瀋陽の区部人口は約490万人、私たちが泊まったホテルのショッピングモールには欧米の高級ブランド店。瀋陽駅に接してのホテル周辺は中街とならぶ二大繁華街。ウォルマート、カルフールなどスーパーが広大な店舗をかまえています。ホテルのクルマ寄せにはロールスロイスがとまっていました。建設中の地下鉄駅とむすばれる地下商店街にはディスコミュージックと若者であふれています。このホテルに私は4泊することになるのですが、ホテル前の通りには少なくとも4人の物乞いの姿を見ることになります。(写真3.ホテル近くの吉野家の店内) 瀋陽の歴史的建造物としては、日本植民地時代の建造物が見ものですが、瀋陽 故宮博物院、女真族の大王ヌルハチの陵墓、清朝初代皇帝ホンタイジの陵墓、軍閥張作霖の邸宅跡、そして先にも記した9/18歴史博物館などがあり、これについては撫順の戦犯管理所とともに、私たちに忘れることのできない施設と思われますので、改めて記したいと思います。次回、沙漠での植林活動についてしるすこととします。 |
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写真1.烏雲農場の砂漠宿舎
写真2.チョグチグー村での植林地への道筋
写真3.ホテル近くの吉野家の店内
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<レポート 6> 前回に引続き、中国内蒙古自治区における 「FoE」主催 の15次緑化隊への参加レポートで、今回は現地における植林活動の具体的な作業を中心に報告します。 3. 内蒙古自治区ウルスンの烏雲農場
身支度のための洗面・トイレなどは宿泊棟の外。洗面は入り口脇に設置された3mほどのコンクリートの流し台と手漕ぎポンプによる井戸水を使います。利用後の井戸水は宿泊棟の前に設けられたぬるめをへて、新しく作られたという水田の用水にも利用されています。水田には20センチあまりに生長した稲が風にそよぎ、おたまじゃくしがたくさん泳ぎまわっています。(写真1)井戸水の得やすさと水田ができることは陝西省の西安北部の黄土高原や甘粛省の蘭州周辺との大きな違いのように思われます。 朝食の会場は、ゲルの形をイメージしたと思われるコンクリート製の円形の建物(写真2)で、研修室の役割も果たしています。食事のあいまに烏雲農場の主、菊池さん、そして「FoE」の成田さんによる植林に関する概況説明、そして8時過ぎにはジープ4台に分乗して植林活動現場への出動です。 農場からウルスンの集落を貫く道路は4車線分以上の道幅がありますが、舗装されているのは中央二車線分、それもほとんど手入れされていない状態。私たちが分乗したジープは外観は綺麗ですが、内装はあちこち鉄材がむき出しになって相当くたびれていますから、振動のたびにからだに打ち身ができるようなもの。幹線道路をしばらくいった後、横道にはいり、完全に砂地での走行となりました。道筋なることあるいは農地の区画境なのか2mぐらいの柱とそれを結ぶ針金で境界された柵が、進行方向を示しているように思われます。いくつかの砂丘を乗り越え、1時間あまりかけて植林予定地につきました。(写真3)
チョグチグー村に属するこの地は、家庭農場作り支援の一環として緑化モデル地区の創生に向け2006年から植林活動が始められたとのこと、日本からの参加者と地元住民との共同作業は今回で3回目、現地では地元住民が地下水くみ上げのためのポンプ機器、ポッドにはいった苗木やショベル・バケツなどの準備をして私たちを迎えてくれました。
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写真1.井戸水
写真2.コンクリート製の円形の建物
写真3.植林予定地
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4. 植林活動の実際
「苗木を植える」作業とは、「苗木を列または碁盤目状に植えて強風を緩和させます。間隔を十分取り、木々の合間に草を育てます。草は表土、木は深土を改良し、樹種は、ポプラ・松・楡・アカシア・ニンキョウなど。地形に適した木を植えます」。
ここでは第一日目のポッドに入った楡や松についての「苗木を植える」作業について記します。 この土地は2006年から植樹作業に入ったとのことですが、リーダーの成田さんによれば昨年植えたという松の半分近くが枯れているとの見解、それをもとに枯れ死した部分に五角かえで(モミジ)など別の種を植えてみるとのこと。これまで経験してきた内陸部での植林活動にくらべ、樹種の選定に多様性を持たせていることを感じました。 二時間あまりの午前の作業の後は、ジープで20分あまり移動して村長さんの家での昼食です。作業をともにした村人、そして同居の犬も食事のおこぼれにあずかるというのは、甘粛省や陝西省の農家での経験と同じです。食事の献立、味付けなどについては、項を改めて取り上げたいテーマです。村長さん宅での昼食時で気づいたことのもうひとつは祀りに関することです。この家でも居間の最も目立つ辺りに聖者を描いた聖画が飾られています。そこに描かれている人物が極めて具象的なので家人に尋ねてみると、チンギス・ハーンとのこと。(写真5)中国であっても、モンゴル族の世界なることを再認識させられました。 昼食後、村人の馬に乗せてもらい、ちょっとした乗馬気分を味わうことができましたが、私たちにとっての乗馬とモンゴル族の村人にとっての乗馬は意味するところは大きく異なるものなのでしょう。 午後は、「FoE」が支援している現地の人による緑化活動の対象となっている家庭農牧場の一軒を訪ね、家人への聞き取りと農場の見学をしました。FoEの植林地よりも気のせいか、丁寧に管理されている様子がみてとれます。しかしながら、じっくりみ続けるうち、成長途上の若木の樹皮の部分がはがされている木々をあちこちに見ることになりました。 (写真6)それほど遠くないところに馬が数頭餌を食んでいる様子を遠望できます。聞けば隣村の住人が放牧している馬とのこと、広大な土地を柵で囲って植林を行っても、植樹間もない若木の樹皮を餌にすることをわかっていても家畜を放つ農民がいるのも現実です。法律をきちんと適用することだ…という参加者の声も聞こえましたが…。 砂地の中の植林家庭農牧場の見学を終え、宿舎への帰り道、私たちを乗せたジープはまず砂丘越えのトライアル、幹線道路に出てからは乗っている私たちが以下にクルマの動きに合わせて衝撃を少なくするか、クルマも人もこの地にあわせた対応が求められます。烏雲農場のあるウルスンにもどり、立ち寄った店で同行のKさんがふるまってくれたアイスバーの冷たさがひときわ引き立った一日でした。
*「FoE:Friends
of the Earth」は以前「地球の友」と称していた国際協力NGO
http://www.foejapan.org/ |
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写真4.植樹
写真5.中国であっても、モンゴル族の世界
写真6.成長途上の若木の樹皮の部分がはがされている木々
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<レポート 7>
5. 続植林活動の実際〜草方格を作る
リーダーの成田さんによれば、起伏のある斜面の場合、その設定が難しいとのことでしたが、これまで設定された部分の多くは、たしかに砂地が固定されているように見えました。草方格によって砂丘の移動が防がれ、かつ草地が復活したら、その後に植林という手順をふむことになるわけで、菊池さんは草方格から樹方格という防風林帯の構想を展開されているようですが、これについては聞き漏らしました。 |
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インターネット環境と情報 |
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厳しい高地から肥沃な大海へ国境をを超え広がる河川 (参考情報) |
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<レポート 8>
10月下旬、三度目の甘粛省での植林活動に参加してきました。省都蘭州の大気汚染、昨年の植林地検証、政府機関および中国NGO、地域住民の参列を得ての現地式典(なんと日本大使館からの参列もあった)や地元小学校、地域住民の参加をえての大規模な植樹作業、そのあとの宴席…と、「2050」による植林活動の特徴は、いつもながら多様なシーンを提供してくれます。今回は、以前にもふれた蘭州の大気汚染と前回の植林地検証について報告します。 |
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